午前六時。うっすらと明るくなりはじめた夏の朝、私は電車に揺られている。
奮発して指定席の切符を買った。目的地は終点まで。
今日の旅は観光が目的ではない。
電車の中で、ただひたすら本を読むだけの旅だ。
終点に着いたら、駅を出ずにそのまま帰りの電車に乗って、地元の駅に着くまで、また読書を楽しむ。
私はこの旅を「読書貴族の旅」とひっそり名付けている。
早朝だから、酔っ払って騒ぐ人もいない。
充電しておいたBluetoothイヤホンを装着し、雑誌でたまたま知ったグレン・グールドの演奏を流しながら、鞄に忍ばせておいた本を取り出す。
今日の本は積本の中から選んだ。
『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』
(原田まりる/著)
長距離電車に揺られながら、哲学について考えるのも乙ではないか。
哲学に詳しいわけではないが、そのエッセンスに触れるのは好きだ。
自由席とは少しだけ雰囲気の違う、静かな指定席でよく冷えたペットボトルのお茶を、ちびちび飲みながらページをめくる。
クラシックと哲学とお茶。なかなかに相性が良い。
一時間半ほどで電車は終着駅に到着する。
ゆっくりと電車を降りると、今度は事前に調べておいた帰りの電車に乗り込む。
帰りも、もちろん指定席。
太陽の日差しが強くなってきたが、電車内は空調がほどよく効いているので快適だ。
途中、目が疲れてきたので窓の外を見る。
なんてことない風景が、今は輝いてみえた。
電車での読書旅。良い旅になったと私はしみじみ感じる。
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以上、全て私の妄想旅行の話だ。
実際には長距離の電車に乗る勇気はなく(密閉された空間に長時間いる自信がない)、コロナも怖いので妄想旅行をしてみた。
虚しくなるどころが「わー! 素敵な体験してきたな!」と妄想なのに
感動してしまった。
妄想旅行の良いところは、お金がかからず、自分に都合の良い状況を作り上げられることだ。
実際にこれを実行してみたら、それはそれで楽しいのだろうけど、必ずしも理想とする状況である保証はない。早朝でも、酔っ払いはいるし、大きな声で会話をする旅行客もいるだろう。買った指定席に見知らぬ人がすでに座っている……なんてことも、実際にあった。
今のところ、早朝の庭で「ここは電車、今座っている椅子は指定席のふかふかの座席……」と妄想旅行をするだけで充分、楽しい。